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広島地方裁判所 平成2年(行ウ)9号 判決

原告

奥田賢治

右訴訟代理人弁護士

坂本宏一

吉本隆久

被告

三次税務署長

国久政則

右指定代理人

富岡淳

外四名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六三年二月二九日付けでした、原告の昭和五九年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分を取り消す。

2  被告がいずれも昭和六三年三月一二日付けでした、原告の昭和五九年分ないし昭和六一年分の所得税の各更正(ただし、昭和五九年分、昭和六〇年分については異議決定において取り消された後のもの、昭和六一年分については採決において取り消された後のもの)及び昭和五九年分、昭和六〇年分の所得税の過少申告加算税の各賦課決定(ただし、いずれも異議決定において取り消された後のもの)をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、住所地所在の事業所(以下「原告事業所」という)において、自動車修理、板金塗装業を営み、その所得税につき、被告から青色申告の承認を受けていたものである。

2  確定申告

原告は、被告に対し、昭和五九年分から昭和六一年分(以下「本件各年分」という)までの所得税について、それぞれその法定申告期限内に、別表1ないし3記載のとおり青色申告による確定申告をした。

3  被告の処分

被告は、原告に対し、昭和六三年二月二九日、所得税法一五〇条一項、一四八条により、昭和五九年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消す旨の処分(以下「本件取消処分」という)をするとともに、これに伴い、同年三月一二日付けで、原告の本件各年分の所得税について、別表1ないし3記載のとおり、各更正及び過少申告加算税の各賦課決定をした(以下、昭和五九年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定を「本件更正1」及び「本件決定1」、昭和六〇年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定を「本件更正2」及び「本件決定2」、昭和六一年分の所得税についての更正及び過少申告加算税賦課決定を「本件更正3」及び「本件決定3」といい、本件更正1ないし3を総称して「本件各更正」、本件決定1ないし3を総称して「本件各決定」という)。

4  異議申立

原告は、被告に対し、本件取消処分については昭和六三年三月二日に、本件各更正及び本件各決定については同年五月一二日に、それぞれ異議申立をしたが、被告は、同年七月二二日付けで、本件取消処分に係る異議申立を棄却する旨の決定をなし、平成元年五月二二日付けで、別表1ないし3記載のとおり本件各更正並びに本件決定1及び2についてはその一部を、本件決定3についてはその全部を取り消す旨の決定をした。

5  審査請求

原告は、国税不服審判所長に対し、本件取消処分については昭和六三年八月二三日に、本件各更正並びに本件決定1及び2については平成元年六月二一日に、それぞれ審査請求をし、これに対し、同所長は平成二年六月一五日付けで、本件更正3(異議決定により一部取り消された後のもの)について別表3のとおりその一部を取り消す旨の裁決をしたが、その余の審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。

6  よって、原告は、被告に対し、本件取消処分並びに本件各更正及び本件決定1及び2(異議決定ないし裁決により取り消された後のもの。以下「本件更正等」といい、本件取消処分と併せて「本件各処分」という)の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

1  税務調査の経緯

(一) 被告は、原告の確定申告に係る所得金額を確認する必要があったことから、被告所属の調査官朝野道広(以下「朝野調査官」という)をしてその調査(以下「本件税務調査」という)を実施させることとした。

(二) 本件税務調査の経緯は次のとおりである

(1) 朝野調査官は、昭和六二年(以下、特に断らないかぎり、昭和六二年とする)五月一八日、本件税務調査のため六月一日に原告事業所に赴く旨を関与税理士及び原告に対して電話で連絡し、原告も同日調査を受けることを承諾した。

(2) 六月一日、朝野調査官は、原告事業所を訪ね、原告に対し、本件各年分の所得税の調査のため訪問したことを告げ、事業の概要を聴取するとともに、本件各年分の帳簿及び証憑書類を提示するよう求めた。これに対し、原告が昭和六一年分の収支日計式簡易帳簿と売上に係る納品書・請求書・領収証の各控えを提示したので、朝野調査官は右各書類の調査に着手した。朝野調査官は、午前中の調査を終え、午後からも調査を継続したい旨告げたところ、原告がこれを了解したので、午後一時五分ころ再度原告事業所に赴き、午後五時過ぎまで調査を行った。しかるに、昭和六一年分の調査を終えることができなかったので、その旨原告に告げたところ、原告から、遅くなってもいいから今日中に済ませて欲しいとの申出があったので、午後七時半ころまで調査を続けた。その後、原告は「土曜日の夜八時頃から来て徹夜でやってくれ」「六一年分だけでいいだろう。六〇年分と五九年分は目をつむってくれ」等と言っていたが、朝野調査官は、六月八日に再び臨場する旨告げて、午後八時ころに同所を帰った。その後、右期日は六月一五日に変更された。

(3) 六月一五日、朝野調査官が、原告事業所に赴いたところ、三次民主商工会(以下「民商」という)の事務局次長である須山敏夫(以下「須山」という)外三名の民商会員が立ち会っていた。朝野調査官は、守秘義務の関係上、第三者の立会いの下では調査ができないと判断し、原告に対し、須山らを退席させるよう求めたが、原告はこれに応じず「忙しいのにわざわざ時間をとったのだから、見るだけ見てくれ」等と言って調査することを強く要望した。そこで、朝野調査官は、やむを得ず昭和六一年分の売上金額について、帳簿と請求書控えとの照合のみを行い、立会い人がいたので具体的な質問検査は行わなかった。その後、原告が調査理由の開示を求めたので、朝野調査官は「所得の確認である」旨回答した。原告は右回答に納得せず、朝野調査官の答弁を論難するなどして調査を妨害する言動をとったため、同調査官は、これ以上の調査の進展は望めないものと判断し、同所から帰った。

(4) 七月一日、朝野調査官は、第三者の立会いの下では調査できないことについて原告の理解を得るために原告事業所に赴き、パンフレットを手渡したところ、原告が検討を約束したので、七月六日に調査に訪れる旨約して同所を帰った。

(5) 七月六日、朝野調査官が原告事業所を尋ねたところ、原告は、須山を立ち会わせた上「須山の立会いの下でしか帳簿書類を提示しない」旨申し立て、調査に協力する態度を全く見せなかった。これに対し、朝野調査官は、守秘義務があるので第三者の立会いの下では調査ができない旨を説明したが、かかる状態では調査を継続することができないと判断し、同所から帰った。

(6) 八月二一日、朝野調査官が調査のため原告事業所に赴いた。原告は「今日は忙しいから二四日にして欲しい」旨申し立てたので、次回調査期日を八月二四日と約束した。原告は、その際「六一年分の調査だけでこらえてくれないか」と申し出た。朝野調査官は、昭和五九年分及び昭和六〇年分も調査する旨を告げて帰った。

(7) 八月二四日、朝野調査官が原告事務所に行くと、須山外一名の民商会員が同席していた。朝野調査官が原告に対し、須山らを退席させるよう要請したところ、須山は昭和六一年分の帳簿書類の置いてあるテーブルから四、五メートル離れたソファーに移動して新聞を読みはじめ、もう一人の民商会員は同所を出て行った。そこで、朝野調査官は、須山との間に将棋盤を置いて同人から見えないようにして帳簿書類の照合のみを行うこととし、昭和六一年分の収支日計式簡易帳簿と売上関係の書類及び原告が同年分の必要経費の計上漏れがあるとして提出した領収証を調査した後、同所を帰った。

(8) 九月七日、朝野調査官が原告事業所に赴いたところ、須山外七名の民商会員が同席していた。朝野調査官は、原告に対して須山らを退席させるよう求めたが、原告はこれに応ぜず「立会いがいけない法律的根拠は何か」等と申し立てるのみで須山らを退席させようとしなかったので、調査を打ち切り、同所から帰った。

(9) その後、朝野調査官は、原告に対し、第三者の立会いなしでの調査に応じるか否かを電話で確認したところ、原告は「今のところは立会いなしで帳簿を見せる」旨申し立てたので、次回調査期日を九月二四日と約束した。

(10) 九月二四日、朝野調査官が原告事業所に赴いたところ、原告は、調査理由の開示を求めるとともに、税務調査は昭和六一年分だけにして欲しい旨申し立てた。これに対し、朝野調査官は、調査理由は所得の確認であること、調査は三年分行うことを説明した。そして、ちょうどそのころ、須山外四名の民商会員が現れ、原告とともに第三者の立会いを認めるよう執拗に求めた。朝野調査官は、守秘義務の関係から立会いは認められない旨を説明して説得を試みたが、原告は「調査拒否をするとはいってはいない。五九年分も六〇年分もこうやって帳面を用意している」と言いながらテーブルの上に置いてあった帳簿を開き、民商会員の一人がその光景を写真撮影するなどした。そこで、朝野調査官は、これ以上の調査の進展は見込めないと判断し、同所から帰った。

(11) その後、原告から立会いなしでの調査に応じるとの電話連絡があったので、朝野調査官は、一〇月一三日、原告事業所に行った。原告は、当初、帳簿書類を机の上に置いて一人で応対したが、調査理由の告知についてのやりとりの途中で須山外一名の民商会員が現れて「立会いは納税者の権利である」等と申し立て、結局帳簿書類の確認が不可能となったため、朝野調査官はやむなく同所から帰った。

(12) 一〇月二七日、朝野調査官は、原告事業所に赴き、第三者の立会いなしで調査に応じるよう説得したが、原告は調査理由の開示及び第三者の立会いを執拗に要求して右説得に応ぜず、その途中で須山が現れた。そこで、朝野調査官は、これ以上の調査の進展は望めないものと判断し、同所を帰った。

2  本件取消処分の適法性

右1(二)記載のとおり、朝野調査官が所得税調査のため再三にわたって帳簿及び証憑書類の提示を求めたのに対し、原告は、調査理由の開示及び第三者の立会いを執拗に求め、昭和五九年及び昭和六〇年分の帳簿及び証憑書類を同調査官が閲覧、検査しうる状態に提示しなかったものであるから、原告の右行為は、所得税法一五〇条一項一号に規定されている帳簿書類の備付等がなされていない場合に該当するものというべきである。したがって、被告の本件取消処分は適法である。

3  本件更正等の適法性

(一) 推計の必要性

(1) 昭和五九年分及び昭和六〇年分について

前記1(二)記載のとおり、朝野調査官は、昭和六二年六月一日から同年一〇月二七日までの間に八回にわたって原告事業所に調査のため臨場し、右各年分に係る事業に関する書類を提示するよう求めたが、原告はあえてこれを提示せず、調査に非協力的な態度に終始したのであるから、推計の必要性が存在したことは明らかである。

(2) 昭和六一年分について

朝野調査官は、右年分に係る収支日計式簡易帳簿、売上に係る納品書・請求書・領収書の各控え及び支払いに係る領収書を調査したが、その結果、右簡易帳簿は、現金出納に関する事項について大蔵省令に定める帳簿の記録が行われているとは認められず、また、記載全体につき真実性を疑うに足りる事実があるなど、その記載内容が不正確であることが窺われた。そのため、被告は、原告の提示した右帳簿書類又はその他の方法により右年分の事業所得金額を実額計算することができなかったのであり、右年分についても推計の必要性が存在したことは明らかである。

(二) 推計の合理性

(1) 被告は、別表4ないし8記載のとおり、調査によって把握した仕入金額、外注費及び給料賃金の額の合計額(以下「売上原価等」という)を基礎数値として、これに原告と業種業態及び事業規模の類似する同業者(以下「類似同業者」という)の売上原価等率(雑収入を含む売上金額(以下「売上金額」という)に対する売上原価等の額の割合をいう)の平均を適用して原告の売上金額を認定し、右金額に類似同業者の平均算出所得率(売上金額に対する必要経費(青色申告者に限り認められている必要経費を除く)控除後の所得金額(以下「算出所得の金額」という)の割合をいう)の平均を乗じた上、これによって得た算出所得の金額から事業専従者控除額を控除する方法で原告の本件各年分の事業所得の金額を算出した。

(2) 被告は、右推計に当たり、次の抽出基準のすべてに該当する広島県内の個人すべてを機械的に抽出し、類似同業者として採用したものであり、右抽出過程において恣意の介在する余地はないとともに資料は正確であるから、被告の推計方法は客観的な合理性を有する。

① 本件各年分を通じて自動車板金塗装業を営んでおり、各年分の中途において開廃業、休業又は業態の変更をしていない者

② 本件各年を通じて所得税の青色申告につき税務署長の承認を受けている者

③ 事業に係る売上原価等の額は、本件各年分に応じ、いずれも次の範囲内である者(この金額は、被告が把握している原告の本件各年分の売上原価等の額の、それぞれ二分の一以上かつ二倍以下の金額である)

ⅰ 昭和五九年分 一一一〇万円から四四〇〇万円まで

ⅱ 昭和六〇年分 一〇八〇万円から四三一〇万円まで

ⅲ 昭和六一年分 一〇四〇万円から四一五〇万円まで

④ 所得税の更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間若しくは出訴期間が経過している者又はこれらの争訟が係属していない者

(三) 以上の推計によって算出された原告の本件各年分の事業所得の金額は、別表4記載のとおり、昭和五九年分につき六一四万八七五七円、昭和六〇年分につき五七四万一三四八円、昭和六一年分につき六二八万五八四円であり、これらはいずれも本件各更正の金額を上回っており、また、原告が昭和六〇年分の所得税の確定申告を過少に行ったことについて、国税通則法六五条四項に定める正当な理由は存しないから、本件更正は適法である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一) (一)は知らない。原告は、適式な帳簿書類の備付け、記録、保存をし、これに基づいて所得税の青色申告を行ってきたものであり、本件税務調査は必要性が極めて乏しいものである。

(二) (二)について

(1) (1)の内、原告が六月一日に税務調査を受けることを承諾したことは認めるが、その余は否認する。これは原告の方から電話を入れたものである。

(2) (2)の内、朝野調査官が六月一日に所得税調査のため原告事業所を訪れ、被告主張のとおりの調査を行ったこと、午後五時過ぎになっても調査を終えることができず、午後八時頃まで調査を続行した後同所を帰ったこと、次回の調査期日が六月一五日となったことは認めるがその余は否認する。原告は、仕事の都合で午前一一時頃、事業所を出て、午後一時頃に戻ったが、その際、朝野調査官は、同所に誰もいないことを奇貨として、原告の事務机の引出しの中を物色していた。原告は、朝野調査官のかかる態度に不信感を抱いたが、同調査官が強権的な態度により調査を続行しようとしたので、やむなく午後の調査に応じた。午後五時を過ぎても調査が継続していたので、原告は「五時を過ぎても調査ができるのか」と抗議したが、朝野調査官はこれに取り合わず、そのまま調査を続行し、午後八時頃、税務署から電話で指示があったため、ようやく原告事業所から帰った。なお、原告が被告主張のような発言をしたことはなく、ただ、調査が何日も続くと業務に支障を来たすことにもなるので「昼間は忙しいから夜きてもらえばええなあ」と冗談まじりに言ったに過ぎない。朝野調査官の行為は住居の平穏を侵すものであり、原告は納税者としての権利を守るために民商に相談し、立会いを求めることにしたのである。

(3) (3)の前段は認める。(3)の後段の内、朝野調査官が、第三者の立会いの下では調査できないと言い、これに対して原告らが調査を強く要望したこと、原告が調査理由の開示を求めたのに対して朝野調査官が「所得の確認である」旨回答したことは認めるが、その余は否認する。朝野調査官は、前回の調査で売上金額に一〇〇万円ほどの記帳漏れがあったことを指摘したので、原告は「経費についても記帳漏れがある」旨申し立てたところ、同調査官は「領収証があれば認める」等と答えており、当日質問検査は可能であった。また、原告らは調査妨害をしておらず、むしろ原告らが帳簿書類等を示して調査を要望したのに、むしろ朝野調査官が見なかったのである。

(4) (4)は認める。

(5) (5)のうち、朝野調査官が七月六日に原告事務所に赴いた際、原告が須山を立ち会わせたことは認めるが、その余は否認する。原告がテーブルの上に帳簿書類等を提示して調査を求めていたのに、朝野調査官は、第三者の立会いの下では調査ができないとして、これを見ようとしなかったのである。

(6) (6)のうち、原告が「六一年分の調査だけでこらえてくれないか」と申し出たとの点は否認し、その余は認める。

(7) (7)のうち、朝野調査官が帳簿書類の照合のみを行ったとの点は否認し、その余は認める。朝野調査官は、右照合のみではなく、須山の立会いの下で増差所得及び税額の計算まで行ったのであって、第三者の立会いは何ら調査の妨げとはなっていない。すなわち、朝野調査官は、帳簿との照合の結果、売上の記帳漏れが九五万二九九七円であることを確認するとともに、原告の提出した領収書と帳簿との照合の結果、経費の記帳漏れが六〇万五三四六円であることを確認し、増差所得三四万七六五一円を計上するなどの調査を行ったのである。

(8) (8)のうち、原告らが立会いの法的根拠を質すのみであったとの点は否認し、その余は認める。原告も、昭和五九年分及び昭和六〇年分の帳簿書類等をテーブルの上に提示して調査を求めたのに、朝野調査官は第三者の立会いの下では調査ができないというのみで、これを見ないで帰ったものである。

(9) (9)のうち、原告が「今のところは立会いなしで帳簿を見せる」旨申し立てたとの点は否認し、その余は認める。原告は、「立会いを求めるかどうかは私の判断であるが、まあ、来てみんさい」と言っただけである。

(10) (10)のうち、九月二四日に朝野調査官が臨場した際、原告との間で調査理由の開示、立会いを巡って被告主張のようなやり取りがあったことは認めるが、その余は否認する。このときも原告がテーブルの上に、昭和五九年分及び昭和六〇年分の帳簿書類等を提示して調査を求めたのに、朝野調査官は第三者の立会いの下では調査ができないとして、これを見ずに帰ったものである。

(11) (11)のうち、原告が立会いなしでの調査に応じる旨を電話し、朝野調査官が一〇月一三日に訪れたこと、原告が当初一人で応対していたのに途中で民商の会員が現れたことは認めるが、その余は否認する。原告が、立会人なしに昭和五九年分及び昭和六〇年分の帳簿書類等を提示して調査を求めたのに、朝野調査官は将来にわたって一切立会いをさせないと約束しなければ調査はできないとの態度に固執してこれを見ようとしなかったのである。

(12) (12)のうち、一〇月二七日に朝野調査官が訪れたこと、立会いを巡ってやり取りがあったことは認めるが、その余は否認する。同日の調査についても、一〇月一三日の調査と同様に、朝野調査官は、将来にわたって一切立会いをさせないと約束しなければ調査はできないとの態度に固執し、何ら帳簿書類を見ずに帰ったものである。

(三) 以上のとおり、本件各処分の前提となった本件税務調査は、その必要性に乏しく、かつ、その方法においても、調査理由の告知が十分でない、第三者の立会いを認めない、不要な反面調査を行うなど、適正手続を逸脱するものである。従って、右税務調査は違法であり、これは本件各処分の違法事由になると言うべきものである。

2  抗弁2は争う。所得税法一五〇条一項一号は、青色申告承認の取消事由として、その年における一四三条に規定する業務に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が一四八条一項に規定する大蔵省令に定めるところに従って行われていないことを掲げているのみであって、同号の解釈上、これに帳簿書類を提示しないことが該当するということはできず、これを同号に含ませるのは租税法律主義に反するものである。仮に、帳簿書類を提示しないことが同条の青色申告承認の取消事由に該当するとしても、本件では、右1のとおり、原告は、帳簿書類を朝野調査官に提示し、その調査を求めたのにもかかわらず、同調査官は、将来にわたって一切立会いをしないとの約束をしない限りこれを見ることはできないとの態度に固執し、あえて帳簿書類を見ようとしなかったのであって、原告が帳簿書類の提示を拒んだのではない。

3  抗弁3について

(一) (一)(推計の必要性)は争う。昭和六一年分については、帳簿上、多少の不正確な記載ないし記載漏れがあったとしても、領収書や納品書との照合によって実額を把握することが可能であり、実際に実額が確認されているのだから、推計の必要性はなかったというほかない。また、昭和五九年分及び昭和六〇年分についても、同様に帳簿書類等を検査したり、補足的に原告に説明を求めるなどの方法によって実額を把握することが可能であり、異議の段階では実額は把握されているし、原告が調査に協力しなかったのでないことは前記のとおりであるから、右各年分についても推計の必要性を欠いていることは明かである。

(二) (二)(推計の合理性)のうち、算出方法、類似同業者の抽出基準については知らず、売上原価等は否認し、合理性は争う。なお、被告は、本件各更正において、原告と同業である板金塗装業者を類似同業者として選び出し、その同業者の従業員一人当たりの売上金額に原告の従業員数を掛けて原告の売上とし、類似同業者の平均所得を乗じて原告の所得とするという全く合理性のない方法による推計を行ったものである。被告は、本件訴訟において、改めて抗弁2(一)記載のような推計方法を採用して本件各更正の適法性を基礎付けようとしているが、そのような立証方法(処分理由の差し替え)は許されるべきではない。仮に、このような推計方法を是認するとしても、被告は、原告の売上原価等の把握に際し、原告が広和自動車からの仕入として計上する金額(昭和五九年分につき五二万円、昭和六〇年分につき二七七万一〇〇〇円、昭和六一年分につき四一五万円)を計上しているが、これらはいずれも融通手形であって、売上原価に計上すべきものではない。

(三) (三)は争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁1(税務調査の経緯)について検討する。

1  抗弁1のうち、当事者間に争いがない事実に証拠(甲三ないし五、八ないし一一、一八、二一の1ないし4、二二の1・2、乙一、三一、三二、証人朝野道広、同須山敏夫、同青木照和、原告本人)を総合すれば、本件税務調査の経緯は概ね次のとおりであったと認められる。

(一)  昭和六二年五月ころ、朝野調査官は、統括官と相談した上で、原告に対する本件税務調査を行うことを決定した。原告を調査対象としたのは、原告は自動車板金塗装業者であるが、事業の規模、営業実態に比して申告所得が少ないと考えられたこと、過去数年間の間に原告に対する税務調査は行われていなかったこと等によるものであった。朝野調査官は、五月一八日、原告及び同人の関与税理士に対し、昭和五九年ないし昭和六一年分の所得調査のため原告事業所に臨場する旨の電話連絡をし、第一回の調査期日を同年六月一日と決め、その旨原告の承諾を得た。

(二)  朝野調査官は、六月一日午前九時ころ、原告事業所に赴いた。原告は、前もって指示されていたとおり、本件各年分に係る帳簿書類(収支日計式簡易帳簿、領収書・納品書・請求書の各控え等)をまとめて袋に入れ、ロッカーの中に保管していた。朝野調査官は、仕事の概況等について原告に質問した後、帳簿書類の提示を求めたので、原告は、右帳簿書類をロッカーから出して長椅子のところへ置き、昭和六一年分の帳簿と証憑書類を事務机の上に置いた。

朝野調査官は、午前九時三〇分くらいから一一時ころまでの間、昭和六一年分の売上につき、収支日計式簡易帳簿と請求書・納品書・領収書の各控えとの照合を行っていたが、原告から、午前一一時に顧客と合う約束をしているので、午前の調査はこの程度にして欲しい旨の申し出を受けたため、一旦調査を中断した。そして、朝野調査官が午後からも引き続き調査をさせて欲しいと言ったのに対し、原告は、これを了承し、午後四時ころまでには事業所に戻る旨答えた。朝野調査官が帰る際、原告は、調査をしていた帳簿書類のうち、昭和六一年分の帳簿と請求書控え一冊を残し、その余を事務机の引き出しの中にしまった。

当日の午後一時ころに原告が事業所へ戻ってみると、朝野調査官は、既に調査に着手していた。原告は、特に抗議することもなく、同席して調査の続行に協力した。朝野調査官は、午前に引き続き昭和六一年分に係る帳簿書類の照合を行ったが、午後五時を過ぎても調査は終了しなかった。しかるに、原告から、遅くなってもよいから今日中にできるところまでやって欲しいと言われたため、税務署に電話連絡を入れた上で、調査を続行し、午後八時ころ、被告所属の統括官からの電話による中止の指示があるまで続けた。右調査の結果、原告の帳簿に売上の計上漏れが九七万三八三七円あることが判明したため、朝野調査官は、そのことを原告に指摘した。原告は、調査を昭和六一年分のみにし、昭和六〇年分と昭和五九年分は目をつぶって欲しい旨申し立てていた。朝野調査官は、次回の調査期日を六月一五日と約して原告事業所を帰った。

(三)  原告は、右調査の後、民商の須山に対し、被告の調査を受けたことを告げ、以後の調査に際して、民商会員の立会いを依頼した。なお、原告は、昭和四五年ころから個人で自動車板金塗装業を営んでいるが、民商に入会したのは昭和六一年三月ころであった。

(四)  朝野調査官は、昭和六二年六月一五日午前九時ころ、原告事業所に赴いた。原告は、本件各年分の帳簿書類を袋に入れてソファーの所に用意し、昭和六一年分をテーブルの上に出していた。ところが、須山外三名の民商会員が同席していたことから、朝野調査官は、守秘義務の関係上、第三者の立会いは認められないとして、民商会員を退席させるよう要請したが、原告は、見るだけは見て欲しいと強く要望した。そこで、朝野調査官は、前回に引き続き、昭和六一年分の収支日計式簡易帳簿と売上関係の納品書・請求書・領収書の各控えとの照合を行い、売上の計上漏れの金額を再度確認したが、原告に対する具体的な質問は第三者がいたので差し控えた。原告は、売上の計上漏れもあるが経費の計上漏れもあるので認めて欲しい旨申し立てたので、朝野調査官は、領収書を提示すれば認めると答えた。また、原告から、立会いが認められない根拠及び調査理由を質されたので、朝野調査官は「立会いを認めるか否かはケースバイケースである」「調査理由は申告内容の確認である」旨の回答をしたが、原告らは納得せず、同じような問答に終始した。そこで、朝野調査官は、それ以上の調査の進展は望めないものと判断し、午前一一時ころ原告事業所から帰った。なお朝野調査官は、右のようなトラブルがあったことから、七月一日に原告事業所を訪れ、税務訴訟に関する判例等を掲載した「税金・申告と調査」と題するパンフレットを交付し、第三者の立会いがあると調査に支障を来たす旨原告に説明し、理解を求めた。

(五)  七月六日、朝野調査官が午前九時ころ原告事業所に行くと、またも原告が須山を同席させていたので、再三にわたって退席を要請したが、原告は、立会いを認めない根拠を質すばかりでこれに応じなかった。その際、テーブルの上に本件各年分の帳簿書類が置かれていたが、朝野調査官は、調査不可能と判断し、それらを見ることなく、原告事業所を帰った。

(六)  八月二一日、朝野調査官は、調査のため原告事業所を訪問したが、原告が「今日は忙しい」旨申し出たため、次回を同月二四日と約束して帰った。

(七)  八月二四日、朝野調査官が午前九時ころ原告事務所に赴くと、原告は、須山外一名の民商会員を立ち会わせていた。朝野調査官が立会人の退席を求めると、一名の民商会員は原告事業所を出ていき、須山もテーブルから四、五メートル離れたところへ席を移したので、朝野調査官は、テーブルの上に将棋盤を立てて須山から見えないようにした上で調査を開始した。朝野調査官は、原告が昭和六一年分について経費の計上漏れ分として提出した領収書と収支日計式簡易帳簿との照合を行い、経費の計上漏れが六〇万五〇〇〇円であることが判明した。原告は、昭和六一年分について結論が出たのだから、昭和五九年分及び昭和六〇年分について調査しなくてよいではないか、これ以上調査を続行するなら、その理由を明らかにせよなどと迫った。これに対し、朝野調査官が調査理由は所得の確認であるとの回答に終始したため、原告らの納得が得られず、結局、朝野調査官は調査を断念し、午前一一時過ぎころ原告事業所を出た。

(八)  九月七日に朝野調査官が原告事業所に臨場した際も、原告は、昭和五九年分及び昭和六〇年分の収支日計式簡易帳簿及び納品書、請求書、領収書の各控えをテーブルの上に置いていた(昭和六一年分の帳簿等については、前回までに調査が済んだものと判断したため用意しなかった)ものの、須山外七名の民商会員を同席させていた。朝野調査官は、須山らの退席を要請したが、原告らは「立会いがいけない法律的根拠はなにか」などと申し立てて退席に応じようとしなかったので、朝野調査官は調査不能と判断し、原告事業所を帰った。

(九)  朝野調査官は、九月一六日と一八日の二回にわたって原告に電話し、第三者の立会いなしで調査に応ずる気があるかどうか確認したところ、原告はその可能性を肯定する発言をした。

(一〇)  九月二四日、朝野調査官が午前九時ころ原告事業所に臨場したところ、須山らの立会いはなかった。しかし、原告は、昭和六〇年分で調査を打ち切ることを求めるとともに、再度、調査理由の開示と立会いの権利を持ち出したため、そのことを議論している間に、須山外四名の民商会員がやって来た(この日も原告は事前に立会いを依頼していた)。朝野調査官は退席を要請したが、原告らはこれに応じず、調査理由の開示を要求するとともに、第三者の立会いを認めるよう求め、調査拒否するとはいっていない等と言って、テーブルの上に用意してあった昭和五九年分及び昭和六〇年分の帳簿書類を開いて朝野調査官に見せ、同時に、民商会員の一人が、後日証拠のためと称してその光景を写真撮影した。そこで、朝野調査官はこれ以上の調査は不可能と判断して原告事業所から帰った。

(一一)  右同日、帰署した朝野調査官から当日あったことの復命を受けた被告所属の統括官青木照和(以下「青木統括官」という)は、調査官が調査の状況を写真撮影されるなどした場合には、直ちに調査を打ち切るように指導していたので、同日の事態を重く見て、次回以降の調査については、再びこのようなことが生じないようにするため、朝野調査官に対し、他の調査官の応援を得て臨場するように注意するとともに、調査の効率の見地から、今後調査が終了するまで第三者の立会いをしないことの確約を求めた上で調査を進めるよう指示した。他方、原告も、当時、立会いを巡る問題を原因として、青色申告の承認を取り消される事例が続出していたことから、右当日の成り行きからすれば、青色申告の承認の取消という事態になるのではないかと懸念し、立会いなしで調査に応じる旨の電話連絡をした。

(一二)  一〇月一三日、朝野調査官は、同僚の調査官とともに午前九時ころ原告事業所に赴いた。原告は、テーブルの上に帳簿書類を置き、一人で調査に応じたが、朝野調査官らが今後一切立会いをしないと約束するよう要求したのに対し、原告がそれを拒否したことから、立会いの可否についての議論が再燃した。そのようなやり取りがしばらく続いた後、予てからの打合せどおり、須山外一名の民商会員が現れ「立会いは納税者の権利である」などと申し立てるなどした。そこで、朝野調査官らは、これ以上の調査が不可能と判断し、原告が用意していた帳簿書類を見ることなく、原告事業所を帰った。

(一三)  朝野調査官は、一〇月二七日にも、事前に原告から立会いなしで調査に応じる旨の連絡を受け、同僚の調査官とともに原告事業所を訪問した。なお、原告と須山は、予め対応の仕方を協議し、前回同様、当初原告が一人で立ち会い、頃合いを見計らって須山らが様子を見に来ることにしていた。このときも、帳簿書類はテーブルの上に置いてあったが、朝野調査官らが、将来にわたって立会いをしないことの確約を求めたのに対し、原告がこれに応じず、帳簿は見せるが、立会いをしないとの約束はできない、調査理由の開示を求める旨申し立てたことから調査は進展せず、そうするうち須山が来たので、朝野調査官らは調査不能と判断し、帳簿書類を確認せずに原告事業所を帰った。なお、原告はこの間のやり取りをテープに録音していた。

(一四)  青木統括官は、同日の調査状況から見て調査が進展する見込みは少ないと判断し、朝野調査官に対し反面調査を行うよう指示したが、再び臨場調査をする可能性も考えて調査を続行した。その後、反面調査の継続中に、原告が取引先に対し調査に応じないよう要請するなど非協力的な態度を取ったことから、青木統括官は、本件税務調査を打ち切るよう指示した。

2  以上の認定に反し、原告本人尋問の結果及び甲第九号証中には、六月一日の調査の際、朝野調査官は午前の調査が終了した後、原告の了解なく臨場し、勝手に机の引き出しを物色するなどし、更に、原告の申出を無視して午後八時まで調査を続行したとの部分がある。

しかしながら、原告は、帰宅してから朝野調査官が午後も引き続き調査を続行しているのを見ても、特に抗議することはなく、その後も同席して調査に協力しているのであって、調査の続行について原告の了解がなかったとしたら不自然というほかない。この点につき原告は、朝野調査官の態度に不信を抱いたものの、特に被害者意識がなかったことと、税務調査の知識がなかったので抗議しなかったと供述するが、原告が民商会員であることや、その事業経験に照らすとにわかに措信し難い。そもそも、いかに税務調査とはいえ、白昼堂々、勝手に他人の家に入り込むなどということは常識では考えられないのであって、原告も、午後からも調査を続行したいとの申し入れを受けていたこと、また、調査の続行自体は了解していたことを自認しているのであるから、暗黙ではあるにせよ、午後からの調査の続行について原告の了解はあったものと見るのが相当というべきである。

また、午後五時を過ぎてからの調査にしても、原告の制止を振り切って調査の継続をしなければならないほどの緊急性は窺えない(現に、調査は中途で終了して後日に続行となっている)のであって、かえって、原告も、遅くなっても調査を完了して欲しいといったことや、午後八時過ぎまで調査することを事前に了解したことを自認しており、結局、この点は、原告の申出を受けた朝野調査官が、その意向に配慮し、統括官からの指示があるまでの間、できるかぎり調査を続行した結果と見るのが相当である。

なお、原告は、右調査の後、本件税務調査に対する態度を変え、民商の須山に対して今後の調査への立会いを依頼していることは前記のとおりである。しかしながら、当日の調査そのものについて特段のトラブルはなかったのであるから、それは、朝野調査官の調査方法に不信を抱いたからというよりも、当日の調査の結果、昭和六一年分について簿外の売上の存在を指摘され、更に昭和六〇年分と昭和五九年分も調査されるおそれがあったからとみるのが自然である(その後、原告が簿外経費の存在を主張して所得の確認を求めたことや、調査対象を昭和六一年分に限定するよう求めたことも、これに沿うものというべきである)。

三  ところで、原告は、本件税務調査が違法であり、したがって、それを前提とする本件処分も違法となる旨主張するので、この点についてまず検討するのに、確かに、税務署長は、その調査により更正等を行うこととされている(国税通則法二四条等)が、青色申告承認取消や更正・過少申告加算税の賦課決定等の課税処分の適否は、客観的な取消要件や課税要件の存否によって決まるものであり、税務調査は、これらの要件に該当する事実の存否を調査するための手続に過ぎないのであるから、調査手続に何らかの瑕疵があっても、原則としてそれに基づく処分が違法になることはないというべきである。もっとも、更正等について法が明文で調査を要求している趣旨からすれば、全く調査を欠き、あるいは公序良俗に反するような方法で処分の基礎資料を収集するなどの重大な瑕疵がある場合には、取消事由となり得るものと解すべきである。

これを本件についてみるに、本件税務調査の経緯は前記のとおりであり、本件各処分について、全く事実調査を欠いていたとか、公序良俗に反する方法でなされたとかいう事情は何ら窺えない(六月一日の調査が原告の同意の下で行われたことは前記のとおりである)から、本件税務調査につき、本件各処分を違法とするほどの瑕疵はないというべきである。

四  抗弁2(本件取消処分の適法性)について検討する。

1 所得税法一五〇条一項一号は、帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令で定めるところに従ってなされていないことを青色申告承認の取消事由と規定しているところ、青色申告制度は、申告納税制度の下において、適正な課税を実現するため、正確な帳簿書類を作成している者に対して青色申告の承認を通じて手続上及び所得計算上の特典を与え、もって、広く納税義務者が自己の記録、保存している正確な帳簿書類を基礎として納税申告を行うことを奨励することにあるから、納税義務者の帳簿の備付け、記録又は保存が正しく行われているとともに、その点を税務署長が確認できることが青色申告承認付与の当然の前提となっているものと解すべきであり、このような確認のできない場合にまで青色申告承認の特典の享受を認めることは、青色申告承認制度の趣旨に反するというべきである。してみると、青色申告の承認を受けている者が、正当な理由がないのに帳簿書類を税務職員に提示することを拒否したような場合には、たとえ客観的には帳簿の備付け、記録又は保存が正しく行われていたとしても、その者に青色申告承認の特典を享受させることはできないものというべく、かような場合も所得税法一五〇条一項一号が定める青色申告承認処分の取消事由に該当するものと解するのが相当である。なお、右のような取消事由は、青色申告制度の趣旨から法が当然に予定しているものであって、これを取消事由とすることが租税法律主義に反するものではない。

そして、右のような意味での帳簿書類の提示があったか否かは、具体的な税務調査の経過に沿って判断されるべきであり、税務職員の要請に応じて常に提示可能な状態にして保管しておくことは当然の前提であるが、単に、税務職員の目に触れるような場所に置いてあるというだけでは足りず、それを調査するのに障害となるような事情はないかどうか、また、納税者側ばかりでなく、税務職員においても、そのような障害を除去するのに相当な努力をしたかどうか、具体的な事情に則し、社会通念に基づいて判断されなければならないというべきである。

2 これを本件についてみるに、確かに、昭和六一年分の帳簿書類については調査はほぼ完了しており、昭和五九年分及び昭和六〇年分の帳簿書類についても、原告が調査の際は常に用意し、朝野調査官の目前においていつでも見ることのできる状況に置いていたことは前記のとおりである。

しかしながら、原告は、昭和六二年六月から同年一〇月までの間の朝野調査官の臨場調査に際しては、ほとんど常に民商会員を同席させ、退去要求を拒否して立会いを続けさせたうえ、立会いを拒否する理由の説明を求め、守秘義務が根拠であるとの説明にも納得せず、立会いを拒否する理由の説明を求め続けたほか、調査理由の開示を求め、所得の調査が目的であるとの回答を受けたにもかかわらず、更に詳細な理由の説明を執拗に求め、調査状況の写真撮影もしているのであって、かような状況において、朝野調査官がそれ以上の調査が不能と判断したのはやむを得ないものというべきである。元来、税務調査において第三者の立会いを認めるか否か、相手方に対して調査理由を具体的に開示するか否かは、税務職員の裁量に委ねられていると解すべきであり、原告においてこれらを求める権利を有する者ではないから、前記のような原告の行為は、特段の事情のない限り不相当な調査拒否と評価されるべきであるところ、本件において、そのような特段の事情の存在を窺うことはできない(民商会員の立会いを求めるようになったきっかけが、朝野調査官による簿外の売上の指摘及び昭和五九、六〇年分の調査にあるとすればなおさらである)。

確かに、原告は、一〇月一三日及び二七日の調査の際には、立会いなしで調査に応じるとの態度を事前に示しているにもかかわらず、朝野調査官らが、今後一切立会いをしないとの確約のない限り調査はしないとの方針で望んだことは前記のとおりである。しかしながら、そこに至るまでの間、朝野調査官は何度となく調査に臨場し、その都度、立会いや調査理由の開示問題で原告らと押し問答になっており、直前の調査の際には、後日の証拠のためと称して写真撮影までされているのであって、このような原告の極めて非協力的な態度からすれば、立会いなしで調査に応じるという原告の発言が真摯なものであるかどうかについて疑念を持ち、立会いのないことの保証に十全を期することも一概に不相当とすることはできないというべきである。しかも、原告は立会いはしないと言いながら、その実、須山らと申し合わせて、結局二度とも同人らを臨場させているのであって、朝野調査官らが将来にわたり立会いのないことの確約を求めた判断を不当とすることはできず、原告において、立会いのないまま調査を円満に遂行させる意思があったとは到底なし難いというべきである。

なお、朝野調査官は、須山らの立会いの下でも一応昭和六一年分の帳簿と請求書・納品書の各控え等の照合をしており、その結果、簿外の売上と経費について確認を取ることができたものであるが、朝野調査官は、守秘義務と両立し得る限度でこれを行ったものに過ぎず、同年分についても、原告に対する聞き取り等はしていないのであって、右のような調査が可能であったからといって、他の年分の調査も立会いの下で実行可能であり、そうすべき義務があるとはなし得ないというべきである。

3 以上に考察したところによれば、昭和五九年分及び昭和六〇年分の帳簿書類については、原告は、単に朝野調査官の目に触れる場所に置いたものに過ぎないのであって、これを調査することができない障害があり、その除去に朝野調査官ら税務職員は相当の努力をしており、それが調査の対象とならなかったことについては、原告らに責任があるというべきである。したがって、原告による帳簿書類の提示はなされなかったと評価すべきであり、これは、所得税法一五〇条一項一号の青色申告承認の取消事由に該当するものと言うべきである。よって、本件取消処分は適法である。

五  抗弁3(本件更正等の適法性)について検討する。

1  推計の必要性について

(一)  昭和五九年分及び昭和六〇年分については、適法な帳簿書類の提示がなく、原告が非協力的な態度を取ったことは前記のとおりであるから、右各年分について推計の必要性があったことは明らかである。

(二)  昭和六一年分については、朝野調査官は、収支日計式簡易帳簿と請求書・納品書・領収書の各控えとの照合を行ったが、売上の計上漏れが約一〇〇万円あったこと、原告も右帳簿に記載されていない経費が約六〇万円あるとしてその分の領収書を提出していることは前記のとおりであり、しかも、甲第二〇号証、第二三、二四号証によれば、右帳簿には現金残高が記載されていないなど、極めて不十分であり、その正確性・信用性に疑問があったことが推認できるのであって、これらのことからすれば、右帳簿書類によって所得の実額を把握することはできなかったものというほかなく、右年分についても推計の必要性があったというべきである。

2  推計の合理性について

(一)  証拠(甲一七の1ないし14、乙一、二、三ないし一〇の各1ないし3、一一、一二、一三の1・2、一四、一五、一六の1ないし3、一七ないし三〇、三三、三五、証人矢野聡彦、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

別表

1 課税処分等経過表(昭和五九年分)

区分

年月日

総所得金額

税額

過少申告加算税額

確定申告

昭和六〇年三月一三日

一、五五五、八八七円

四、二〇〇円

更正

昭和六三年三月一二日

五、三三九、八九八円

五九〇、七〇〇円

二四、五〇〇円

異議申立て

昭和六三年五月一二日

一、五五五、八八七円

四、二〇〇円

異議決定

平成元年五月二二日

四、五九八、四九〇円

四三五、三〇〇円

一九、〇〇〇円

審査請求

平成元年六月二一日

一、二七一、四七一円

―円

審査裁決

平成二年六月一五日

棄却

別表

2 課税処分等経過表(昭和六〇年分)

区分

年月日

総所得金額

税額

過少申告加算税額

確定申告

昭和六一年三月一三日

九九九、六四五円

〇円

更正

昭和六三年三月一二日

四、一五七、七八八円

三七〇、九〇〇円

一六、五〇〇円

異議申立て

昭和六三年五月一二日

九九九、六四五円

〇円

異議決定

平成元年五月二二日

三、四一七、五四二円

二四五、七〇〇円

一二、〇〇〇円

審査請求

平成元年六月二一日

六五一、九六〇円

―円

審査裁決

平成二年六月一五日

棄却

別表

3 課税処分等経過表(昭和六一年分)

区分

年月日

総所得金額

税額

過少申告加算税額

確定申告

昭和六二年三月一六日

二、〇一三、八二一円

六五、九〇〇円

更正

昭和六三年三月一二日

四、八九二、七三五円

五二一、四〇〇円

一七、五〇〇円

異議申立て

昭和六三年五月一二日

二、〇一三、八二一円

六五、九〇〇円

異議決定

平成元年五月二二日

三、四二五、一三九円

二五一、九〇〇円

〇円

審査請求

平成元年六月二一日

二、二二六、九四六円

―円

審査裁決

平成二年六月一五日

三、三二一、五九〇円

二三七、三〇〇円

別表

4 原告の事業所得の金額の算出経過表

番号

科目

昭和五九年分

昭和六〇年分

昭和六一年分

摘要

売上金額

三八、八一六、二二一円

三六、八五三、二六三円

三七、六〇一、〇二八円

(②÷③)

売上原価等の額

二二、〇四七、六一四円

二一、五五九、一五九円

二〇、七九三、三六九円

平均売上原価等率

0.568

0.585

0.553

平均算出所得率

0.17

0.168

0.179

算出所得の金額

六、五九八、七五七円

六、一九一、三四八円

六、七三〇、五八四円

(①×④)

事業専従者控除額

四五〇、〇〇〇円

四五〇、〇〇〇円

四五〇、〇〇〇円

事業所得の金額

六、一四八、七五七円

五、七四一、三四八円

六、二八〇、五八四円

(⑤-⑥)

③④は別表6ないし8を参照。

(1) 原告は肩書地において昭和四五年ころから個人で太陽自動車との商号の自動車板金塗装業を営む者であり、昭和五一年ころに青色申告の承認を受けている。

(2) 広島国税局長は、平成三年三月ころから同年六月ころまでの間、原告の取引先に対して本件各年分における原告に対する売上金額を照会し、その回答を得た。また、本件更正等の審査請求における裁決は、原告が同庁に提出した書類を基に本件各年分の売上原価を認定していた。そこで、被告は、右回答額に加え、回答の得られなかった分については右裁決の認定を採用し、別表5の番号1ないし42のとおり売上原価を認定した。また、被告は、これに青色申告決算書及び本件各更正の際の調査資料によって把握した給料賃金(別表5の番号43)を加えて売上原価等を算定した。その際、原告が棚卸しの額を明らかにする資料を提出せず、また原告の提出した決算書には本件各年分の期首・期末の棚卸し額はいずれも〇円とされていたので、被告は、期首・期末の金額を一応同額と考えて、結果的に仕入額と外注費の額及び給料賃金額の合計額を売上原価の額とした。

(3) もっとも、広和自動車にかかる売上原価については、審査請求に対する裁決においては、昭和五九年分が一六万八〇二〇円であり、昭和六〇年分及び昭和六一年分は○であると認定されているにもかかわらず、被告は、別表5の番号6記載のとおり、昭和五九年分が六八万八〇二〇円、昭和六〇年分が二七七万一〇〇〇円、昭和六一年分が四一五万円と認定している。これは、広和自動車が広島国税局長からの前記照会に対して回答できない旨申し立て、帳簿書類の開示にも応じなかったので、広島国税局の担当官が広島総合銀行三次支店の原告名義の当座預金等を昭和五九年一月一日から昭和六二年一二月三一日まで調査した結果、振出日が右期間内となっている原告振出しの広和自動車に対する約束手形が三四枚あったので、被告が、そのうち広和自動車から原告宛てに振出された手形と振出日・支払期日・額面のいずれも同一で融通手形と見られるもの二〇枚を除くその他の一四枚の手形を支払手形とし、その金額を売上原価と認定したからである。ただし、右手形の額面合計は昭和五九年分が五二万円、昭和六〇年分が二七七万一〇〇〇円、昭和六一年分が四一五万円であるところ、被告は、昭和五九年分の手形金と本件裁決が認定した同年分の売上原価一六万八〇二〇円との合計額(六八万八〇二〇円)をもって同年分の広和自動車にかかる売上原価と認定した(被告は、昭和五九年分の手形として他に額面一六万七一八〇円のものがあることを把握していたが、これは本件裁決が認定した金額に含まれるものとして処理した)。しかしながら、右一四枚の手形については、いずれも、それと額面が同一で、振出日・支払期日がほぼ同一の手形が原告から広和自動車宛てに振出されており、これらも融通手形である可能性が高いというべきである。

別表

5 売上原価等の内訳

年分

昭和59年分

昭和60年分

昭和61年分

仕入先等

1

今井看板 今井美邦

23,000

16,000

0

2

エルメスオート花矢

5,000

0

0

3

大石自動車板金

0

28,960

206,200

4

樫谷商店

18,000

2,500

0

5

広陽日産モーター(株)

177,020

179,250

342,560

6

(株)広和自動車

688,020

2,771,000

4,150,000

7

国際自動車興業(株)

146,200

0

0

8

斉藤スクラップ

2,000

0

0

9

山陽ダンロップ販売(株)

0

26,800

104,570

10

シゲヒロ

54,000

0

0

11

品川鋼材(株)

3,000

2,950

0

12

下井セコ金属 下井範昭

74,420

116,500

331,510

13

(有)シンワ自動車工業

0

0

2,000

14

(株)田宮パーツ

7,152

0

0

15

大幸自動車(株)

0

0

3,500

16

(有)タイヤセンター三次

0

0

21,200

17

ダイワ工業(株)

12,930

18,820

52,000

18

中国いすずモーター(株)

81,120

445,920

136,757

19

(株)中国テロソン

59,800

0

0

20

トキワ自動車(株)

1,610,855

1,157,343

540,994

21

トヨタカローラ広島(株)

9,000

0

0

22

内藤電機(株)

89,190

20,000

11,000

23

日産プリンス広島販売(株)

648,573

272,745

4,560

24

バイクハウスてらそ

0

0

11,900

25

(有)畑山溶接工業所

0

92,000

0

26

(有)広島オートガラス

193,610

218,420

176,602

27

広島ダイハツ販売(株)

0

0

3,200

28

広島トヨペット(株)

1,049,580

886,100

1,012,335

29

広島日産自動車(株)

481,950

325,344

694,680

30

広島三菱自動車販売(株)

0

0

3,000

31

福島看板店

1,700

4,000

0

32

ブリジストンビンゴタイヤ

1,300

21,500

6,000

33

(株)ホンダベルノ広島三次

36,050

14,660

165,400

34

前元ラジエーターサービス

0

0

30,000

35

(株)槇原プロパン商会

87,690

36,300

55,200

36

(株)マツダオート広島

86,900

164,430

28,920

37

マツダ部品広島販売(株)

199,134

294,359

392,415

38

三次ラジエーター工業所

5,000

0

51,000

39

(有)森岡ボデー

12,650

0

17,700

40

ヤマコペイント

2,377,290

2,010,188

1,550,616

41

山田自動車板金塗装

0

0

295,000

42

(有)米田塗料商会

183,370

0

26,900

小計

8,425,504

9,126,089

10,427,719

43

給料賃金

13,622,110

12,433,070

10,365,650

合計

22,047,614

21,559,159

20,793,369

(4) 広島国税局長は、原告事業所を所轄する被告のほか、広島南税務署長、広島北税務署長、呉税務署長、広島西税務署長、廿日市税務署長、西条税務署長、福山税務署長に対し、平成三年六月六日付で「昭和五九年分ないし昭和六一年分の自動車板金塗装業者の課税事績表の報告について」と題する通達を発し、本件各年分につき、次の①ないし③の全てに該当する者の全員を対象として抽出し、a対象者(記号で表示する)、b売上金額(雑収入を含む)、c売上原価等の額(仕入金額に年初又は年末の棚卸の額を加算又は減算した額、給料賃金の額及び外注費の額を記載する)、d売上原価等率(売上原価等の額を売上金額で除して求めた比率を百分比によって記載する)、e必要経費(決算書等の経費欄の各科目の合計額を記載する。ただし、給料賃金の額及び外注費の額、青色申告者のみに算入が認められている必要経費は除く)、f算出所得金額(売上金額から売上原価等の額及び必要経費の額を差し引いた金額を記載する)、g算出所得率(算出所得金額を売上金額で除して求めた比率を百分比によって記載する)について報告するよう求めた。

① 所轄税務署管内で、主として自動車板金塗装業を営む個人のうち、本件各年分の確定申告書について青色申告の承認を受けている者

② 本件各年分を通じ、継続して主に自動車板金塗装業を営んでいる者ただし、次のイ及びロに該当する者は除く。

イ 各年分の中途において、開廃業、休業又は業態を変更した者

ロ 更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間若しくは出訴期間が経過していない者又はこれらの争訟が係属している者

③仕入金額に年初又は年末の棚卸の額を加算又は減算した額、給料賃金の額及び外注費の額の合計額が本件各年分を通じて次の範囲の者

イ 昭和五九年分 一一一〇万円以上四四〇〇万円以下

ロ 昭和六〇年分 一〇八〇万円以上四三一〇万円以下

ハ 昭和六一年分 一〇四〇万円以上四一五〇万円以下

(5) 被告及び右各税務署長は、右通達にしたがって対象者を抽出し、各税務署から合計一〇名についての報告があった。その内容は別表6ないし8記載のとおりであり、これにより、被告は、本件各年分における類似同業者の売上原価等率と算出所得率の平均値を右各表記載のとおり算定した。そして、被告は、以上の結果に基づき、(2)で把握した原告の売上原価等を平均売上原価等率で除して売上金額を推計し、右金額に平均算出所得率を乗じて算出所得を推計し、そこから、本件裁決の認定した事業専従者控除額を差し引いて本件各年分の事業取得を算定したものである。

別表

6 類似同業者(事業所得)の算定率表(昭和五九年分)

類似

同業者

①売上金額

②売上原価等の額

③算出所得の金額

④売上

原価等率

(②÷①)

⑤算出

所得率

(③÷①)

A

三〇、二五七、九三四円

一五、七六七、八六一円

五、四〇六、七二七円

0.5212

0.1786

B

二一、六五三、四〇二円

一二、三六六、三五九円

四、八六九、四二九円

0.5712

0.2248

C

三二、〇四二、九二七円

一八、一六三、七九九円

三、七〇八、六〇二円

0.5669

0.1157

D

二四、九二六、二四〇円

一一、八五一、一八四円

六、四八一、三〇八円

0.4755

0.26

E

三八、〇五一、五〇三円

二四、八八四、三八一円

三、三六九、一六八円

0.654

0.0885

F

二七、二五〇、四四〇円

一六、二二九、一〇四円

四、八五八、二一九円

0.5956

0.1782

G

四一、二一六、四〇〇円

二三、九九〇、七九四円

九、八五六、六一六円

0.5821

0.2391

H

二五、三五四、三四八円

一四、八一五、一九一円

三、九九二、四八九円

0.5844

0.1574

I

二六、三六四、八六九円

一四、一二一、一二五円

三、四五九、〇四一円

0.5357

0.1311

J

二九、九六七、一七八円

一七、五七七、九四一円

三、八六八、五九〇円

0.5866

0.129

合計

5.6732

1.7024

平均

0.568

0.17

別表

7 類似同業者(事業所得)の算定率表(昭和六〇年分)

類似

同業者

①売上金額

②売上原価等の額

③算出所得の金額

④売上

原価等率

(②÷①)

⑤算出

所得率

(③÷①)

A

二六、一〇二、五七〇円

一三、九一四、六一六円

四、二六〇、一四四円

0.5331

0.1632

B

二八、二四〇、三二一円

一八、一八一、五三四円

五、五七二、七八九円

0.6439

0.1973

C

三二、九七四、一一九円

一九、〇〇一、九九六円

四、一九一、二三五円

0.5763

0.1271

D

三一、五六四、五五〇円

一五、三六八、七〇一円

九、二一二、五一三円

0.4869

0.2918

E

三七、一七一、〇九四円

二三、六二八、〇四三円

三、五八二、五六二円

0.6357

0.0963

F

二八、二三六、三七七円

一八、二一八、七四一円

三、七四二、八五七円

0.6453

0.1325

G

三九、三五一、〇〇〇円

二一、六一一、〇八二円

九、八九七、六五一円

0.5492

0.2515

H

二八、五一〇、二七九円

一七、六七六、五八五円

三、六四一、二七五円

0.6201

0.1277

I

二六、四〇四、二七一円

一五、〇六六、六六四円

三、六三六、五四四円

0.5707

0.1377

J

三四、七四三、二一八円

二〇、四四〇、六二五円

五、四八六、七三八円

0.5884

0.1579

合計

5.8496

1.683

平均

0.585

0.168

別表

8 類似同業者(事業所得)の算定率表(昭和六一年分)

類似

同業者

①売上金額

②売上原価等の額

③算出所得の金額

④売上

原価等率

(②÷①)

⑤算出

所得率

(③÷①)

A

二六、三九五、六〇八円

一二、五七五、〇七六円

一、三四八、〇五三円

0.4765

0.051

B

二五、〇九二、七九二円

一五、八二五、一六七円

五、〇〇〇、八八八円

0.6307

0.1992

C

三二、八〇五、四四五円

一六、五三二、六九二円

五、二九六、七〇五円

0.504

0.1614

D

三三、一六六、七二七円

一二、五四八、九七五円

一三、九八四、三五六円

0.3784

0.4216

E

三六、三八七、六三九円

二二、五八七、二四四円

三、六五七、三四九円

0.6208

0.1005

F

三三、二六四、八七一円

二一、四七六、二六一円

四、一七九、四七四円

0.6457

0.1256

G

三七、八三四、六五〇円

二一、四五三、一七七円

九、四六四、五〇五円

0.5671

0.2501

H

三〇、七九七、一〇二円

一八、四七九、〇三七円

四、〇七一、五二六円

0.6001

0.1322

I

二六、九七五、九三三円

一五、二四三、九七九円

四、〇七七、三六六円

0.5651

0.1511

J

三一、三一三、〇七五円

一六、七三一、一五九円

六、三八三、七七六円

0.5344

0.2038

合計

5.5228

1.7965

平均

0.553

0.179

(二) そこで検討するのに、以上の事実によれば、被告らが類似同業者として抽出した者は、いずれも原告と同一事業者であり、その業態も自動車板金塗装というごく一般的な業種であることからすれば、これらによって、事業規模等が類似する業者がある程度の数をもって抽出できれば、その売上原価等率及び算出所得率は、原告の所得を推計するについて、実際値に近いものとしてこれを採用できるものというべきである。そして、右通達は、本件各年分の売上原価等の金額が、原告のものとして把握された金額の概ね二分の一から二倍の範囲内にある業者を抽出することとなっているから、これらの業者は事業規模という点で原告と近似性を有するものというべきであり、また、これに所在地域の近接性や業種及び事業形態の類似性を勘案すれば、右通達によって抽出された類似事業者は、原告の所得を推計するについて、比準するに足るものというべきである。また、これらの事業者はいずれも年間を通じて事業を継続する青色申告納税者であって、その所得金額が確定しているものであり、しかも、抽出方法は機械的で恣意の介入するおそれはなく、その数も個々の事業体の個性を捨象し得るに十分なものであるから、推計の基礎資料としての正確性も十分担保されているものというべきである。

したがって、実額で把握した原告の売上原価等を基礎とし、右通達によって抽出した類似同業者にかかる売上原価等率・算出所得率の平均値を用いて原告の本件各年分の売上金額及び算出所得を推計することは、十分に合理性があるものと認めることができる。

(三)  ところで、原告の売上原価等については、被告は、前記のとおり、反面調査の結果及び本件裁決の認定結果によりこれを主張しているところ、原告は、一応これを争うものの、仕入先ごとの売上原価及び給料賃金並びに専従者控除額を明らかにすることを放棄しているのであるから、これらの点については、被告の立証をもって認定するのが相当というべきである。もっとも、被告は、広和自動車にかかる売上原価に昭和五九年分として五二万円、昭和六〇年分として二七七万一〇〇〇円、昭和六一年分として四一五万円の各手形金額を算出しているところ、これらの手形は、いずれも融通手形である可能性が高いことは前記のとおりであるから、これらを原告の売上原価等に加えるのは相当でないというべきである。そうすると、原告の売上原価等の金額は、昭和五九年分が二一五二万七六一四円、昭和六〇年分が一八七八万八一五九円、昭和六一年分が一六六四万三三六九円となる。

(四)  以上により、右売上原価等を基礎として前記のとおりの比準によって原告の事業所得の金額を算定すれば(前記のとおり、類似同業者の選定に当たっては売上原価等の額に幅を持たせてあるから、右のとおり原告の売上原価等の実額が通達の際よりも少なくなったとしても、それは平均値の中に解消し得る程度であり、比準性に疑問を生じさせるものではなく、右推計の合理性を揺るがすものではないというべきである)、次の計算式(円未満切り捨て)に示すとおり、昭和五九年分が五九九万三一二三円、昭和六〇年分が四九四万五五七三円、昭和六一年分が四九三万七二七四円となる。そうすると、本件各年分の原告の事業所得の金額は、いずれも本件更正の金額を超えており、また、原告がこれらの年分の所得税の確定申告を過少に行ったことについて国税通則法六五条四項所定の正当な理由は認められないから、本件更正等はいずれも適法というべきである。

(計算式)

21,527,614÷0.568×0.170−450,000=5,993,123

18,788,159÷0.585×0.168−450,000=4,945,573

16,643,369÷0.553×0,179−450,000=4,937,274

(五) 以上のとおり、被告は、本件訴訟になってから行った通達回答方式による比準法をもって推計の合理性を基礎付けているものであるところ、原告は、本件更正等に際してそのような推計方法は用いられていないのであるから、かような処分理由の差し替えは許されない旨主張する。しかしながら、課税処分取消訴訟の訴訟物は、原告の所得金額に対する課税の違法性一般であるところ、被告がいかなる理由で税額を確定したかは別にして、結論としての数額が処分時において客観的に存在した税額を超過することがなければ、違法に課税処分をしたことにはならないはずである。したがって、所得税の根拠となる事実は訴訟物たる課税処分の違法性の有無を基礎付ける攻撃防御方法に過ぎず、被告は処分時の認定理由に拘束されることなく、訴訟の段階で新たに発見した事実を追加して、処分理由を差し替えることができるものというべきである。

六  結語

よって、本件各処分はいずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小林正明 裁判官喜多村勝德 裁判官角井俊文は、差し支えにつき署名押印できない。裁判長裁判官小林正明)

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